縁無き土地で突如、動き始めた1本の映画「地域」の固有性からどこまで飛べるか? 『ほとりの朔子』の監督・深田晃司が 撮りながら考えたことその、怒濤の3ヶ月は、一本の電話から始まった。2013年の1月、まだ正月気分も抜けない新年早々、半年間取り組んでいた『ほとりの朔子』という長編映画がピクチャーロック(映像の構成が決定すること)した。その仕上がったばかりの映像を音響監督Jo Keita氏へ受け渡し、一息ついた絶妙のタイミングに、プロデューサーの戸山剛氏から電話が入った。 「あのさ、三重県で短編映画を作らない?」。戦い疲れたインターバル中に不意をつかれたボクサーのように、私は考える間もなく脊髄反射に近い速度でその話を引き受けた。この、蜂のように刺すタイミングの妙こそがプロデューサーの直感的なクレバーさなのだろうと感心しつつ、電話を置いた数日後には私は車に積みこまれ三重県いなべ市へと運ばれていた。その一ヶ月後には撮影は開始され、さらにもう一ヶ月後の3月には編集を終え沖縄国際映画祭で上映されたのだ。今から思うと、随分無茶なスケジュールをこなしたものだと思う。詳細は下記までチェックイン![neoneo web]http://webneo.org/archives/22135